今日のポエム

githubコードレビューはエゴの塊だ。

そのコードが良くなるというより、俺が読みづらいから直せの雰囲気を感じる。

これではダメだ。

ほんの少しでも良くなる指摘をするべきだ。

それは命名による読みづらさではない。
実行時パフォーマンスという点でだ。

A ソフトウェア品質 - Wikipedia

S

コードレビューの内容実際見ないと感想は言えんな。
前もなんか同じ話題した気がするけど、コーディング規約じみたチェックはするけど、コードの中身はあまり読んでもらえないんだっけか。

命名規則云々はコーディング規則で規定するべきで、それに則ってなければただの誤字脱字みたいなもんで、指摘は有りだけど、議論するところではない。
さっと流して中身を議論するべきで、そこ出来てないなら本末転倒ではあるかもですね。

M

今の僕の印象だと、命名指摘:8割、パフォ指摘:2割ってイメージ。

致命的でない限り命名指摘の費用対効果って、薄いと思うのでそれに対してかけている時間(チェック・変更修正・確認)が無駄にしか思えない。

S

言いたいことはまた違うんだろうけども。
コードの見やすさ自体は最終的な工数にも響くんでかなり重要だと思ってる。

まあ、コードの見易さは最終的に宗教問題だから、合わないと最悪

見やすいコード とは => 一貫性のあるコード => コーディング規約を規定
コーディング規約に規定しない一貫性 => プロジェクトの王様の思想に合わせる

最終的には郷に従わないといけない部分が出てくる。

ただのローカルログ